
江戸川と荒川を結んで流れる新川の南側エリアが葛西と呼ばれています。そして、このエリアは、700年前から海苔の活気溢れる漁港の町であったこといわれています。明治19年に東京府(当時)から海苔採取場の認可を受け、以来ますます葛西の海苔の生産が盛んになりました。真蔵院(江戸川区葛西1丁目)の境内に建つ「乾海苔創業記念碑」が、葛西海苔の歴史の古さを物語っています。
さらに遠浅の海岸が広がる葛西沖には、毎年渡り鳥が群をなして渡来しました。葛西の海は、昭和35年(1960年)頃まで、東京周辺に住む人々の憩いの場となっていました。
昭和40年代ごろに開通した地下鉄東西線や都営新宿線などの交通機関の発達にともなう都心へのアクセスの向上とともに、区内で最も人口の増加が多いエリアとなりました。そして、近年は、高層マンションが立ち並び、東京ベイエリア屈指のベッドタウンとなりました。今では、江戸川区の総人口の36%が暮らす区内最大の地区となっています。
(18年12月1日現在、江戸川区広報資料より)